ジプシー(ロマ)
ジプシーという言葉日本でも耳にされたことがあるでしょう。でもこの言葉は、差別偏見として使用されることから別の呼び名が取って代わろうとしてい ます。では、まずジプシーについて少しまとめてみます。
ジプシーからロマへ
ジプシーという言葉、 これは「エジプト人」という誤解から来ています。「エジプトからやって来た人」という意味のエジプシャンの頭音が消失したものといわれていますが、彼らの 主流は、インドから移動してきたと考えられ、移動生活、放浪生活をする者も多いですが、現代では定住するものも多い。そしてジプシーとして知られた彼らで すが、最近は自称としてロマと呼ぶようになっています。
また非インド起源であることをアイデンティティとするジプシーとしてコソボ戦争で有名になったアッシュカリィやエ ジプシャンなどがあります。 アッシュカリィはロマとアルバニア系との混血児の子孫とみられ、特にエ ジプシャンはアレキサンダー大王に従って移民したエジプト系の末裔を自称しており、それぞれロマとは別のグループであることを主張する傾向があります。
歴史
:西暦1000年頃に、インドのパンジャーブ地方から放浪の旅に出て、北部アフリカ、ヨ-ロッパなどへとたどり着く。旅の理由は分かっていませんが、西に理想郷を求めたのではないかという説があります。

14世紀 William Bouguereau の作品 《Jeunes gitans 》 と 《Gitane avec tambour basque》
*gitans ジタンとはフランス語でロマを表します。その他フランス語でロマを表す単語は Gitans, Tziganes/Tsiganes, Manouches, Romanichels, Bohémiens, Sinti, Gens du Voyageなど。各国によって呼び名がさまざまに異なります。
:1761年、神聖ローマ帝国皇后兼オ-ストリア女大公兼ハンガリー女王であるマリア・テレジアは、ロマを新ハンガリー人と呼んで定住 化を計る。ロマへの差別をなくすことを目的とした同化策だったが、文化の押し付けはうまくいかなかった。
:第二次世界大戦中、ドイツナチスが共産党員とユダヤ人殺害のために送り込んだ特別行動部隊「アインザッツグルッペン」によって、ユダ ヤ人、共産党員、ドイツ軍捕虜、同性愛者のみならず、このロマも多く殺害されたといわれます。
:1999年のコソボ戦争では、多くのロマとアッシュカリィが焼け出され、またアルバニア人らによる民族浄化に遭い逃げ出した。逃げ損 ねた一部のロマとアッシュカリィはセルビア系居住区へと逃げ込んだ。
文化
:タロットと呼ばれるカードを使った占い、タロット占い。起源についてはエジプト起源説、ユダヤ起源説、インド起源説などがありますが、いずれも信憑性に 乏しいとされます。歴史上遡れる限りでは15世紀に北イタリアで製作されたのが始まりとされ、当時は手書きでゲームに使用されていました。その後、16世 紀に木版画の技術により全ヨーロッパへと普及していきます。18世紀には、ほぼ現在と同じ絵柄が確立。この当時の絵柄タロットは、一大生産地となったマルセイユにちなんでマルセイユ版と呼ばれます。そしてこの頃より、ようやく占いに多用されるようになります。
:フランメンコの原型とも呼ばれる独自の音楽、踊り。
:旅芸人として重宝され、ブルガリアなどでは出生・洗礼・誕生日・結婚式などに際して、ロマが呼ばれて演奏する。また有名な人物とし て、チャールズ・チャップリンはアイルランドとロマの血を引いているそうです。
言語
ロマ語;インド・ヨーロッパ語族とされるが、流浪した分だけあちらこちらの言語を取り入れている。また、定住した各土地の言葉を多く取り入れたクレオール 言語を使っているグループもある。クレオール語とは、意思疎通ができない言語間で商人たちなどによって自然に作り上げられた言語が、その話者たちの子供に よって母語として話されるようになった言語を指します。
差別問題
ジプシーというと「物乞い、盗人、麻薬の売人」と固定観念を抱く人も多いようですが注意が必要です。もともと流浪の民と定住者とでは、所有観念、勤労意欲 などが文化的に異なるわけで、理解が必要。
ロマの人口
8,000,000~10,000,000
| ルーマニア | 2.200.000~ 2.500.000 |
| ブルガリア | 850.000 |
| スペイン | 600.000 ~ 800.000 |
| ハンガリー | 600.000 ~ 800.000 |
| セルビア・モンテネグロ | おおよそ450.000 |
| スロバキア | 450.000 ~ 520.000 |
| トルコ | 400.000 ~ 600.000 |
| フランス | 310.000 |
| マケドニア | 240.000 |
| チェコ共和国 | 150.000 ~ 300.000 |
(以上、参考文献、写真: ウィキぺディア)
フランスのロマ
さて、フランスに住む私が聞く彼らのイメージとは、やはり貧しく盗人が多いというのが実際です。しっかりとした教育を受けていない人々は東から西へ流れ込 んできて闇市をひらいたり、スリを働いたりしているそうです。
フランスではこういった子供たちに教育を進めているらしいのですが、教育を拒んでいるのが現状。2007年5月14日付けのフランスの ニュースでは、15歳のロマの女の子が、スーパーの前で赤ん坊を売っていたそうです。かわいそうにとも思うのですが、実際には政府から援助を受けていて、 働かずして得ようとしている場合があるのです。すると結果は、野蛮で盗みを働く人間というレッテルが貼られ、ロマ全体に対して差別意識が固定していってし まうのです。まじめに働いている仲間達が迷惑を被ってしまっています。難しい問題ですね。
差別問題について思うこと
世の中いろんな文化習慣があって当然なわけで、だから発見驚きがあり旅行するのが楽しいんですよね。中には自分には受け入れられないことも多々あります。 それがカルチャーショック。私もフランスに来てショックをたくさん受けていあます。いいなと思うこともあれば、悪いことももちろんたくさん。最近は「あ、 フランスだから、そうなのよね。」と思うようにしてますが。地理的な条件、気候の条件、さまざまな要因によって文化や習慣というのは生み出されるので多く の違いがあって自然なことです。
その違いが交差する時、お互いどれくらい受け止められるかが差別問題を防ぐあるいは解決できる大きなポイントになってくると思います。 良い相違ばかりであれば問題はないでしょう。問題はマイナスの相違点。それをどう受け止めるか。もしくは受け止められるのか。受け止められない場合どうし たらいいのか。
一度生み出されてしまった差別をなくすのはとても難しいことです。差別とはする側にもされる側にも考えるべきことがあるのではないかと思っています。
ロマという放浪生活の民の抱える問題も、その習慣ゆえに解決するのが難しい問題なのかもしれません。



