東洋から西洋に移り住み、衣食住をはじめ、さまざまな習慣や伝統、あるいはまた人々の考え方など、多くの違いに出会う毎日です。それはきっと日本にいても、出身地の違いや育った環境の違いなどで感じることかもしれませんが、地球規模で見ると、それは日本、さらにはアジアとしてグループづけることがで きます。
ではなぜ同じ地球上に、こういったアジアだとかヨーロッパだとかイスラム圏という区分があるのでしょうか。その各地域を見ると仏教、キ リスト教、イスラム教の国というふうになっているから。ではなぜ、その地域に仏教、キリスト、イスラムが生まれてきたのでしょうか。それは、日本における 出身地の違いのようなもので、地球規模で見た環境の違いがあるから。それを詳しく説明してくれる本が、PHP新書から出ている松本健一著書の「砂の文明・ 石の文明・泥の文明」です。

「石の文明」である欧米は、その土地のほとんどがごつごつした岩で、生きるためにはその土地をどんどん開拓していかなければならなかっ た。つまり自然を人間の力で圧倒しなければならなかった。そこで現れたのが、キリスト教。生きるのに厳しい環境では一神教が人々の救いとなりよりどころと なる。そしてその教えでは、自然とは人間に与えられたものだということ。それ故、外へ外へと進出する力を持つようになる。
「砂の文明」であるイスラム。そこは「石の文明」よりもはるかに生きるのに過酷な地域。そこで生まれたものとは、やはり同じく絶対唯一 の神。それを信じることによって、そのような厳しい環境でも乗り越えることができる。さらに、イスラム圏では、外に進出する力と違って、ネットワークする力が発展する。これらの国々では、地中海貿易や砂漠でのラクダに乗った行商など、商売(ネットワーク)で成りっ立っている。
「泥の文明」アジア。泥というのは生命を象徴しています。栄養のたくさん含まれた泥からは多くの生物が誕生します。緑も周りにはいくらでもあります。そうすると、生まれてくるのが多神教の考え方。周囲に生命が満ち溢れているため、それぞれに神が宿っているのだという考え。外へ進出する必 要もなく、その場所を丹念に耕していれば必ず実りはあるし、さらに技術を高めればさらに多くの実りが得られる。これを作者は「内に蓄積する力」と紹介しています。

そう言われると納得しませんか。フランスなどヨーロッパに来て、どんなところにアジア人が感動するのかというと、自然の中に幾何学的な模様の庭が目前に広がっているのを見て感動するんですよね。「泥の文明」では見慣れない光景なので。でも一方、外国人が日本などアジアに来て素晴らしいと思うのは、自然と調和した日本庭園を見て感動するんですよね。自然を克服する文化と自然と調和する文化。人間が選ばれた存在だと考える文化と人間は自然から生まれてきたのだと考える文化。さらに「砂の文明」では、自然とは人間の力では到底太刀打ちできないほどの存在であり、自然自体が生命を脅かす存在でも あります。それ故、それを超える神という存在が強調されます。
最近、注目されるニュースというのは、こういった考え方の違いがぶつかり合った結果のような気がします。絶対の神を持つもの同士では、 譲り合うことができません。絶対の神を持つ、外に進出しようとする「石の文明」とネットワークによって放浪する「砂の文明」のぶつかり合いです。「泥の文 明」なら両者の神とも受け入れることができるのでしょうが。
先日プロテスタントのデンマークの友人が、キリスト教の説教を音楽にのせたフィルムをスカイプで送ってきました。ちょっとラップ調のいまどきの感じで、かっこよかったわとメッセージを送ったところ、こんなと会話へと発展していきました。
私:
Thank you for sending us an interesting film. There are so many words to describe Christ, but we can’t describe him perfectly.
「とても興味深いビデオだったわ。キリストを説明する言葉はたくさんあるけれど、キリストを説明することはできないわね。」
友人:
We don’t need to do it because he is just there for us. I mean he will save us when we ask him.
「説明する必要はないわ。彼は私たちを救うためにただそこにいるだけなんだから。」
私:
I see. In my philosophy, actually everyone believes in the same god , but we just have a different way to worship him. Maybe no one is a stranger on this Earth. We are all connected somewhere we don’t know because we are born in the same world.
「そうね。私の考えでは、結局みんな同じ神を信じてるんだろうけれど、その信仰の仕方が違うだけなんだと思う。同じ世界に生まれてきたんだから、きっとみんなどこかでつながっているのよ。」
友人:
Sorry, but I disagree. We are all created by the god’s hands in his image. Christ is the only absolute god. Other gods are mere creations becasue humans wanted to be a god.
「その意見には賛成できないわ。キリストだけが唯一の存在。他の神は、人間が神になりたいと思ってつくった創造物に過ぎないのよ。」
私:
I see your point, but anyway I think what is important is our attitude and behavior. I like people to be generous. And respect. There shouldn’t be hatred among us.
「あなたの意見分かるわ。でもとにかく大事なのは私たちの態度よね。寛大であって制限しないこと。それと尊敬しあうこと。憎しみがあってはいけないわよね。」
友人:
That is so right as it’s said. We are all loved by him. He dided for all of us.
「その通り。私たちは神に愛され、神は私たちのために死んだのよ。」
私:
I’m not so well informed about Christianity, but I admire your attitude, a loving mind. That is what we all need.
「あまりキリスト教について詳しくはないけれど、私はあなたの態度を尊敬するわ。それが我々の必要とするものよね。」
と、こんな感じで。「あなたの意見には賛成できないわ」と言われた時はドキッとしましたが、ここがきっと問題を起こすポイントなのねと実感することができました。もし私が他の唯一の神を信じていたら大喧嘩でしょう。幸い「泥の文明」で育てられたので、他のものに対して寛容でいられたので すが。そう思うとつくづく、アジア人でよかった、日本人でよかった、泥の中で育ってよかったと感じるのです。
フランスでは約7割がカトリックのキリスト教徒。うちの主人もクリスチャン。でもクリスチャンといってもとてもオープンな考えを持ち、 私の意見に賛成してくれますが。教会の神父様によっても、他を受け入れる考えの人もいるし、キリスト教しか認めないという人もいるそうです。あるイギリス人の友達は、彼が学生時代、プロテスタントの学校とカトリックの学校がいつもけんかしていて大変だったとか。ですからなるべく宗教の話は初対面の人に対しては避けるべきですよね。宗教の考えというのは、その人の精神そのものなので。
そんな文化や考え方の違う中、多くの日本人がわざわざフランスまで挙式に来るというのは、いかにも日本人らしくてとても興味深いです。 海外挙式などといろんなところで宣伝していますよね。確かに思い出にはなるんだろうけれど。何でも受け入れられる寛容性はいいのだけれど、あまりに相手の文化を考えないで行動すると逆に反感をかってしまうかもしれませんよね。精神的なものが商業的になってしまっているようで、敬虔な信仰者から見るとどうな んでしょうね。いろんな考えの人が存在するということを忘れないでおきましょう。日本でもよく英字新聞に、結婚式場内チャペルにて〈英語で賛美歌の歌える 外国人〉アルバイト募集なんて記事見ましたからね。
さまざまな環境の中で、文明が生まれ、宗教が生まれました。それぞれの関係を知ることで、その文化を知ることもできます。こうした基本的な考え方の違いを知ることでまたその国に対する理解も深まるはずです。国際社会の時代、人とのコミュニケーションはキーワードですね。誤解や不信を避けるためにもいろんな情報を知っておきましょう。